ラブ&ポップ

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ラブ&ポップ』(ラブ・アンド・ポップ)は、1996年に刊行された村上龍の小説。女子高生の援助交際を題材としている。副題に『トパーズ2』と記されており、1988年の『トパーズ』に連なる作品である。1998年庵野秀明により映画化された。

あらすじ[編集]

裕美は今時の女子高生。カメラで写真を撮るのが趣味である。夏休みを控えたある日、彼女は仲間の知佐、奈緒、千恵子と一緒に渋谷へ水着を買いに出かけた。 そこで見つけた12万円するトパーズの指輪が欲しくてたまらなくなる。他の3人の協力を得て、デパートの閉店時間までにその代金を援助交際でゲットすることになる。やりたいことや欲しい物は、思ったときに始めたり手に入れたいしないとダメなのだ。しかも、そんな高価なものは援助交際をして得たものでしか手に入らないということも彼女たちはわかっていた。早速12万をくれるというオヤジとカラオケボックスで過ごしていると、オヤジはマスカットを噛んで口から出して欲しいと言ってきた。その願いを聞き入れた4人は、無事に12万円を手に入れるが、4人で得た報酬なので、4人で山分けをしたいと裕美は言う。

裕美は、自分だけで得たお金であの指輪を手に入れると言い、閉店時間をタイムリミットにして一人で援助交際を開始した。 相手に選んだのは、一緒にレンタルビデオ屋に行って欲しいという変わった青年など、ひどい体験ばかり。しまいには、キャプテン××のぬいぐるみと話すちょっと変わった青年と入ったラブホで、彼に暴力をふるわれ深く傷ついてしまう。結局、デパートの閉店時間に間に合わず、指輪を買うことはできなかった。しかし、家に帰った裕美は、ちょっぴり大人になっていた。

映画[編集]

庵野にとって初めての本格的な実写映画であり、スタッフロールの最後には「監督 庵野秀明(新人)」との表記がある。「最後までいく援助交際」をすると決めた女子高生の1日を回想を交えながら描く物語である。

背景[編集]

庵野が友人から「愛と幻想のファシズム」を薦められて読んだら、面白く感じたあまり、村上の作品を何冊か読み漁った。庵野が一番好きなのが「五分後の世界」だったが、「映像化は現実的に不可能」とも思った。同時期に読んでいた本作に対しては「この世界観なら現実に即してるし、スポンサーもお金を出してくれるだろう」と思い、庵野が直接村上サイドに企画書を出した[1]

村上が庵野に会った時に「家庭用デジタルビデオカメラで撮りたい」「テレビの深夜枠でやりたい」「低予算で撮りたい」とはっきりした制作プランを庵野から打ち明けられ、村上は「このシーンを映像化したい」「主役はあの人を」という理想だけではなく、庵野のプロデューサーとしてのスタンスも交えてのコンセプトを聞いて、すぐに映画化を許諾した[2]

脚本[編集]

決定稿は事前に用意されていたが、毎日差し替えの撮影用の台本がキャスト達に渡された。「どの様に撮影する」とも書かれていない時もあった[3]

撮影[編集]

ビデオカメラを一つのシーンで同時に5台使う形で撮影され、上映時間110分に対して撮影時間は160時間に上った。アビッド・テクノロジーの最新機器によるノンリニア編集が全編に施され、フルデジタルで制作された初の邦画である[4]。ビデオカメラを使用したのは、制作現場が渋谷でオールロケーションなため、現場での機動力を考えた上での側面が強い[2]。この制作システムに対して庵野は「35ミリフィルムで日本映画を作るとなると、同時にカメラを3台動かすのは贅沢であり、なかなか調達できない。ビデオカメラだったら、テープも安いし、知り合いのカメラも借りれたから、6台を同時に動かせた時もあった」と話している[1]。そのため、1つのシーンに最大で30時間通して、何十テイクも繰り返すこともあり、三輪は「最初は覚えられなかった台詞を、最後には覚えてしまった」と振り返っている[3]

また映像演出としても、「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に」の実写素材制作の際に現場をメイキング映像を撮る感覚でビデオカメラを回していた[5]。テレビで再生した時に得た感触について庵野は「自分でも直接撮るから、好きなテイストやアングルが入ってくる」「VHSHi8より段違いで、テレビの深夜番組と同じくらいきれい」[1]「乾いている原作に合う」と感激し、小さいカメラでも庵野のイメージに相応するクオリティを出せることに可能性を感じての起用でもあった[2]

役者に渡して、役者視点の映像も撮ることができた[1]。三輪に至っては庵野の「裕美の主観で撮りたい」という意向で、三輪がヘルメットを被り、その上にテープでビデオカメラを固定して撮影した[3]

素材が足りない時に、メイキングビデオの為に撮影していたカンパニー松尾の撮った素材を本編に流用した[1]

素材の確認も何回もできるが、庵野はチェックの間に制作現場の作業が止まるのを危惧して「もうノイズが入っていたら『ノイズが入っていた』ということにしよう。それで使えなくなる作品じゃないから」「目的のカットが映ってなかったら、そういうものです。映画の神様が『そのカットはいらない』という事なので、それはそれとして諦めましょう」と周囲に説いて、敢えて確認しなかった[1]

エンドロールのみ、35ミリフィルムで撮影されている[6]

メインとなる女子高生役を撮影する際は、カメラの前に置いてその場で自由に演技をしてもらい、欲しい部分だけを切り取って編集した。演技指導は作りこみすぎずにリアリティを持たせるために、庵野は「台本は無視しちゃっていい。この言葉が入っていれば、後は自分のしっくり来る言い回しに変えていいよ」と指示し、制御はほとんど行わない即興劇の体裁をとった[7]。事前に作られた動き・台詞を嫌った庵野は、演技の説明はキャストから聞かれない限りほとんど行わず、三輪の神奈川県方言もそのまま採用された[3]

特殊なアングルからのカットや、「新世紀エヴァンゲリオン」にも見られるようなテロップの使用など、庵野秀明らしさも少なからず含まれる映像となっているが、ストーリー的にはほぼ原作に忠実に作られている。

当時、一般的にはまだ無名だった仲間由紀恵のビキニ試着シーンが、短時間ながらある。エンディングは当初、メインの女子高生役の4人が宮古島の海で遊ぶシーンとなる予定で、実際に撮影もしていたが、主演・三輪明日美の歌う主題歌「あの素晴しい愛をもう一度」をバックに4人が並んで渋谷川をひたすら歩き続けるという象徴的な演出に変更された。

主人公の吉井裕美を演じた三輪明日美と、裕美の姉役を演じた三輪ひとみは実の姉妹である。

映画あらすじ[編集]

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

受賞[編集]

評価[編集]

原作者の村上は「作り物ということを意識しながら、ドキュメンタリーの手法で上手く撮っています。テレビのワイドショーが援助交際する女子高生と男を撮る様なカメラワークではなく、演技力も手伝って、ドキュメンタリーを見ている様だった。本当はもちろん作り物だけど、よく言われる『自然な演技』は僕は『そんなものはない』と思う。演技は全て人工的な物だから。その際、やっぱり技術の高い人達が上手い演技をするから、逆に『作り物だ』という意識で撮ってても、ドキュメンタリーに見えたと思う」「レンタルビデオでのやり取りはパーフェクトだった」と絶賛している[2]

松蔭浩之は「あんなに憂鬱な映画って中々ない」と驚愕した[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 美術出版社刊「美術手帖」2001年4月号「[対談] 庵野秀明×松蔭浩之 視線の構造学と色彩の論理額」pp.19-20より。
  2. ^ a b c d 幻冬舎刊「シナリオ ラブ&ポップ」薩川昭夫庵野秀明著pp.198-204より。
  3. ^ a b c d キネマ旬報社刊「キネマ旬報」1998年1月下旬号「他の女子高生映画には負けません! 庵野秀明監督初の実写映画『ラブ&ポップ』で、三輪明日美スクリーンデビュー」p.22より。
  4. ^ 日経BP刊「日経エンタテインメント!」1997年12月号「エヴァの庵野監督による実写映画 『ラブ&ポップ』に、なぜ注目すべきなのか?」p.104より。
  5. ^ 後に「END OF EVANGELION: BEHIND THE SCENES OF LIVE-ACTION SEQUENCE」として、「新世紀エヴァンゲリオン NEON GENESIS EVANGELION Blu-ray BOX」に収録された。
  6. ^ 美術出版社刊「美術手帖」2004年6月号「digi+KISHIN×庵野秀明 欲望の写し取り、緊張感の制御への挑戦」p.32より。
  7. ^ 講談社刊「GAINAX INTERVIEWS」ガイナックス著p.73より。

外部リンク[編集]