レオナルド・ディカプリオ

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Leonardo DiCaprio
レオナルド・ディカプリオ

本名 Leonardo Wilhelm DiCaprio
生年月日 1974年11月11日(33歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス
国籍 アメリカ合衆国
民族 ドイツ及びイタリア系アメリカ人
職業 俳優プロデューサー脚本家
ジャンル 映画
活動期間 1988年-
活動内容 1988年:デビュー
1991年:映画初出演
2004年:初の映画プロデュース
主な作品
ギルバート・グレイプ
ロミオ+ジュリエット
タイタニック
ギャング・オブ・ニューヨーク
アビエイター
ディパーテッド
ブラッド・ダイヤモンド

レオナルド・ウィルヘルム・ディカプリオLeonardo Wilhelm DiCaprio1974年11月11日 -)は、アメリカ合衆国俳優映画プロデューサー脚本家ドイツ及びイタリア系アメリカ人。身長183cm。

目次

[編集] 生い立ち

カリフォルニア州ロサンゼルスにて、父ジョージと母イルメリンとの間に生を受ける。父はイタリア系の元ヒッピーで、アンダーグラウンド・コミックスを描いて生計を立てていた。母はドイツ系の元パラリーガル。美男美女の夫婦と評されるほどの美貌の持ち主であった。レオナルドの名は、母が妊娠中にイタリア美術館レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画を鑑賞している最中に胎児が強い反応を示した(腹部を蹴った)ことに由来する。姓のディカプリオは『カプリ島の』の意。

生後間も無く両親は別居。レオナルドは母に引き取られたが、頻繁に父とも顔を合わせていた。幼少時はベースボールカード漫画の収集、さらに父と美術館に足を運ぶことが趣味であった。また、母の実家があるドイツを度々訪れ、そこで祖父母と時間を過ごすことが多かったため、堪能なドイツ語を身に付けた。

[編集] 俳優活動

父の再婚相手の息子(レオナルドの義兄)がテレビコマーシャルで多くの収入を得ていたことに感化され、子役になることを志す。10歳頃から芸能事務所を探しオーディションを受け始めたが幾度と無く不合格となり、挙句の果てには、本名の響きはエキゾチックであるとして「レニー・ウィリアムス」への改名を打診されるなど不遇の時期が続いた。

14歳で初めてテレビコマーシャルへの出演を果たすと、テレビドラマにも出演を重ねるようになり、1993年に出演した『ギルバート・グレイプ』で19歳にしてアカデミー助演男優賞にノミネート。その後も立て続けに映画への出演を重ね、『ロミオ+ジュリエット』ではベルリン国際映画祭の銀熊賞を受賞した。

ディカプリオの名を一躍世界に知らしめたのは1997年公開の『タイタニック』である。数多くの興行収入記録を塗り替えたこの作品での、悲劇的にして純粋な役柄が生来の端正な顔立ちと相俟ってその人気と知名度が世界規模に飛び火した。日本では各種メディアがディカプリオをレオ様と表現し、文化系と呼ばれる層を中心に厚い人気を持った。

世界でも「レオマニア」と呼ばれる熱狂的ファンが生まれ、1990年代後半を象徴するセックス・シンボルとなった。さらにこの頃サービスが開始されたインターネットにおいても、世界で最もその名が検索された人物となった。

しかしその反面、作品はアカデミー賞で11部門を受賞しながら自分はノミネートすらされなかったこと、役のイメージが先行したため俳優として正当に評価されなくなったこと、さらに続く作品が立て続けに失敗に終わったこともあり、『タイタニック』への出演を後悔する趣旨の発言さえすることもあった。

2001年映画制作会社アッピアン・ウェイ(アッピア街道の意)を設立。翌2002年にはマーティン・スコセッシの監督作品『ギャング・オブ・ニューヨーク』に主演。アカデミー主演男優賞のノミネートを共演のダニエル・デイ=ルイスに浚われる不運に見舞われたが作品は大ヒット。また長年苦しんできたイメージの払拭にも成功し、観客・評論家双方の高い評価を得ることに成功した。

2004年、アッピアン・ウェイで初めて製作を担当した『アビエイター』でスコセッシと再度コンビを組んだディカプリオは実在したアメリカの大富豪、ハワード・ヒューズを演じゴールデングローブ賞 ドラマ部門主演男優賞を受賞。アカデミー主演男優賞受賞の期待も高まったが、同じく実在の人物、レイ・チャールズを演じた『Ray/レイ』のジェイミー・フォックスの前に涙を呑んだ。2006年には『ディパーテッド』、『ブラッド・ダイヤモンド』と2作品に出演。前者はアカデミー作品賞を受賞し後者では自身がアカデミー主演男優賞にノミネートされ、アイドルとしての俳優から実力派俳優への道を着実に歩んでいる。

[編集] 人物像

役者としての活動以外に広く知られているのがエコロジー関連の活動である。 自身監修のエコサイトの開設や、レクサス・LSトヨタ・プリウス等のハイブリッドカーを複数台所有ならびに宣伝(一方で高級車として名高いブガッティ・ヴェイロンも所有している)。アカデミー賞授賞式にプリウスを自ら運転して登場し話題になった。さらに環境問題を題材にしたドキュメンタリー映画ナレーションを務めている。

これまでに出演映画の宣伝を主目的に5度来日しているが、元来日本のアニメーションのファンである。その中でも『AKIRA』『デビルマン』『勇者ライディーン』『ヤッターマン』には特に造詣が深く、来日の際には銀座博品館超合金でできたおもちゃロボットを大量に購入する。上述の通りレクサス・LSやプリウス等、日本車を複数所有している。その他、本田技研工業オリコカードスズキ自動車トヨタ自動車オリックス不動産といった日本企業のテレビコマーシャルに出演している。 日本のTOTO製最新型ウォシュレットNeorest(R)500を購入した。

ブラジル出身のファッションモデルジゼル・ブンチェンと交際していたが2005年11月に交際の終焉が報じられた。

親友はトビー・マグワイア。過去にトビーと、近年はルーカス・ハースと世界を駆け回っている。ケイト・ウィンスレットとも親友で、よく食事に出かけている。

また初キスの相手は映画『タイタニック』の撮影時でケイト・ウィンスレットだと、アメリカのテレビ番組に出演した際に語っている。

[編集] 主な出演作品

公開年 邦題
原題
役名 備考
1991 クリッター3
Critters 3
ジョシュ 映画初出演作品
日本未公開
1992 ボディヒート
Poison Ivy
ガイ
1993 ボーイズ・ライフ
The Boy's Life
トビー
ギルバート・グレイプ
What's Eating Gilbert Grape
アーニー・グレイプ アカデミー助演男優賞ノミネート
ゴールデングローブ賞 助演男優賞ノミネート
1995 百一夜
Les Cent et une nuits de Simon Cinéma
クイック&デッド
The Quick and the Dead
Fee Herod "The Kid"
バスケットボール・ダイアリーズ
The Basketball Diaries
ジム・キャロル
太陽と月に背いて
Total Eclipse
アルチュール・ランボー
1995 ロミオ+ジュリエット
Romeo + Juliet
ロミオ ベルリン国際映画祭男優賞受賞
マイ・ルーム
Marvin's Room
ハンク
1997 タイタニック
Titanic
ジャック・ドーソン ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)ノミネート
1998 仮面の男
The Man in the Iron Mask
ルイ14世/フィリップ ゴールデンラズベリー賞ワースト・スクリーン・カップル賞受賞
セレブリティ
Celebrity
ブランドン・ダロー
2000 ザ・ビーチ
The Beach
リチャード
あのころ僕らは
Don's Plum
デレク
2002 ギャング・オブ・ニューヨーク
Gangs of New York
アムステルダム・ヴァロン
キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン
Catch Me If You Can
フランク・W・アバグネイル
2004 アビエイター
The Aviator
ハワード・ヒューズ 製作総指揮
ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)受賞
アカデミー主演男優賞ノミネート
英国アカデミー賞 主演男優賞ノミネート
2006 ディパーテッド
The Departed
ビリー・コスティガン ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)ノミネート
英国アカデミー賞 主演男優賞ノミネート
ブラッド・ダイヤモンド
Blood Diamond
ダニー・アーチャー アカデミー主演男優賞ノミネート
ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)ノミネート
2007 THE 11TH HOUR
The 11th Hour
ナレーション 初監督作品
製作
2008 ワールド・オブ・ライズ
Body Of Lies
ロジャー・フェリス 全米公開10月10日
日本公開12月20日
レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで
Revolutionary Road
フランク 全米公開12月26日
日本公開未定

[編集] 主な吹き替え声優

[編集] 外部リンク